条文の読み方(基本編その1)

(Case2)

 AとBは、2020年4月1日に以下のようなやりとりをした。

A:Bさん、仕事で私は東京に転勤することになりました。今月中には引っ越すので、今、私が住んでいる豊平区にある私の自宅を2020年5月1日から2年間、月額8万円で借りませんか?

B:わかりました。では、2020年5月1日からその建物を私が8万円で借りて2年後にその建物をAに返還することに同意します。

この2人のやりとりによって、いつの時点で「豊平区にあるAの自宅をBがAから借りる」という内容の契約が成立し、その契約の効力を生ずるかを考えてみましょう。

「どのようなことがあれば,賃貸借契約が効力を生ずるか」については、民法601条が規定しています。

(民法601条)

 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。

 民法601条は「どのようなことがあれば,賃貸借契約が効力を生ずるか」という質問に答える形で書かれています。この質問に対して民法601条は,

賃貸借契約は,

当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し,

相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約すること

…によって,その効力を生ずる。

と規定しています。

 民法601条の冒頭部分と最後の部分(「賃貸借契約は」の部分と「その効力を生ずる」の部分)をつなげると,「賃貸借契約はその効力を生ずる」という文章になります。この「賃貸借契約はその効力を生ずる」の部分を条文が規定している「効果」といいます。

 「賃貸借契約は」と「によってその効力を生ずる」の間にはさまれている部分には,賃貸借契約がその効力を生ずるために必要な条件が書かれています。この必要な条件のことを「要件」といいます。

 つまり民法601条の要件は・・・

  • 当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し,
  • 相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約すること

の2つということになります。

 このように条文は,要件と効果の2つで構成されています。多くの条文はここで示した民法601条と同じように,「によって」の前の部分に要件が書かれています。また,条文の主語(民法601条の場合には「賃貸借契約は」の部分)と「によって」より後の部分をつなげるとその条文の効果になります。

【何について書かれているのかを読み取ろう】

 民法601条を冒頭から読んでいくと,「当事者の一方が」という言葉が出てきます。民法601条は賃貸借契約の効力に関する条文なので、当事者は賃貸人か賃借人のいずれかであるということくらいは予測がつきますが,条文を冒頭から読んでいる段階ではこの「当事者の一方」が賃貸人のことなのか賃借人のことなのか良く分かりません。しかし,もう少し先の部分を読むと「ある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し」というフレーズが出てきます。賃貸借契約で物の使用を相手方にさせるのは賃貸人だから,民法601条の「当事者の一方」とは賃貸人のことを指すということが分かります。

 もし「当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し」という部分を読んでも「当事者の一方」が賃貸人・賃借人のいずれのことを指すのかが分からなかったとしても,その後に続く「相手方がこれに対して賃料を支払う」という部分を読むと,賃料を支払うのは賃借人だから民法601条の「相手方」が賃借人だということが分かります。民法601条の「相手方」が賃借人だということが分かれば,残っているもう一方の当事者は賃貸人だということに気づくことができますから、「当事者の一方」が賃貸人だということが分かります。

 このように冒頭から読んでいて分からなかったとしても,後の方まで読み進めていき,分かりやすいところから言葉の意味を考えていくという方法を取ることで,何について書かれているのかを読み取ることができます。

【AとBとの間に賃貸借契約が成立するのはいつの時点か】

(Case1)を時系列で整理してみましょう。

再度、民法601条の条文自体と、同条の要件及び効果を確認しておきましょう。

(民法601条)

 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。

<民法601条の要件>

当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し,

相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約すること

<民法601条の効果>

賃貸借契約が効力を生ずる。

 既に説明したとおり、民法601条は、「どのようなことがあれば,賃貸借契約が効力を生ずるか」という質問に答える形で書かれていますが、「どのようなことがあれば、賃貸借契約が成立するか」という質問に答える形では書かれていません。

 とはいえ、契約が成立しなければ契約の効力が生じるはずがありませんから、民法601条は「どのようなことがあれば、賃貸借契約が成立するか」という質問にも答えているともいえます。このように考えると、民法601条の要件は、賃貸借契約が成立したといえるための要件だともいえます。

 要件とは必要条件ですから、民法601条の2つの要件(当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約することと、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約すること)が充足されていなければなりません。

 次に、「相手方」が約する内容についても注意が必要です。民法601条には、「…相手方がこれに対してその賃料を支払うこと」と書いてあります。ここに書かれている「これ」とは、これより前の部分(当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせること)のことを指します。つまり、当事者の一方が約束したことに応じて相手方も約束をすることが必要です。

 以上のことをふまえて(Case2)の時系列を見てみると、Aが「私の自宅を月額8万円で借りないか?」とBに対して言った時点では、民法601条の前半部分(当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し)に規定されている要件しか充足していません。Bが「わかりました。では、2020年5月1日からその建物を私が8万円で借りて2年後にその建物をAに返還することに同意します。」と答えた時点で、後半部分に書かれている要件(相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約すること)が充足されます。

 したがって、Aからの申出にBが答えた時点が、AとBとの間に賃貸借契約が成立した時点ということになります。